ギャルリ灰月は松本の中心街のビルの2階にありました。
憧れていたそのギャラリーの、扉を開けるときの
ドキドキした気持ち。今でも覚えているくらいです。
もう20年近く前の話ですが。
スタイリストのかたがお気に入りの私物を紹介する企画は
今でもよく見かけますが、三谷隆二さんのお名前も確か
雑誌のそんな企画で知ったのだったと思います。
スマホも無くて、ネットからの情報も少ない頃でした。
手に入れたいと思っていたバターケースは
ギャラリーの奥にひとつ展示されていました。
初めて実物を見たバターケース
思っていた通り、いえそれ以上の美しいもので
食卓の道具というよりも、工芸品のようでした。
いただきたい旨を伝えると、お店の方のお返事は
少なくとも半年、長くて一年の納期を頂戴しております、
ということでした。
半年ほど経ってギャラリーから連絡が入り、
恋焦がれたバターケースは無事に我が家に届けられました。
素材は桜の木。
桜の木をくりぬいて仕上げられているので
継ぎ目がありません。
ふたには最小限の溝があり、
本体にぴったりと端正に収まります。
バターナイフも同様に溝に収まります。
木の肌触りはこの上なく滑らかで、固いはずなのに柔らかく、温もりすら感じられます。
角はわずかに面取りが施されていて直線ではあるけれど、そこはとなく優しい。
…………………………
それからずっと、我が家の食卓で、また冷蔵庫の中で
冷たく美味しいバターが仕舞われることになりました。
家具でもそうですが、無垢の木は、時間が経つと乾燥するため
オイルによるお手入れが必須となりますが、
バターケースはバターから出る油分が木に作用し、
特別なお手入れを必要としません。
中のバターを使い切ったら、洗剤をつけたスポンジで洗い
よく乾かす、それだけです。
松本から届いて20年。
ほとんど毎朝と言っていいほど、我が家の食卓に上ります。
もう当たり前の風景になってしまったのですが
三谷さんのこの美しい作品が我が家のテーブルにすっかり馴染んで
少しずつ木の艶が増し、より滑らかになってきたようで嬉しいです。
普段は意識しないのですが、時々、
「やっぱりいいねぇ」と家族でしみじみ眺めています。
これからもずっと大切に使っていきたいものの一つです。
…………………………
何でも簡単に、ネットでも、全国どこのものでも
手軽にスピーディーに手に入る便利な時代になりました。
「欲しい」となると、必死になって検索したり、そして
注文して翌日届かないとなると「遅い」と感じてしまうくらい。
もしもこのバターケースをネットや通販で簡単に手に入れていたら?
「ゆっくり見ておいで」と
幼い娘とギャラリーの外の遊歩道で待っていてくれた夫、
注文してから届くまでのわくわくした時間。
そんな記憶も含めての、特別な道具なのだと思っています。
(ゆ)