日々、整える

50代*これからの暮らしのレシピ by.コギレイ堂

「使い切る」と「備える」のはざまで

自分で持ち込んだモノは「使い切りたい」

「加齢と共にモノを減らしたい」けど、「備える」もしたい。

「使い切る」「備える」って、モノを「減らす」「増やす」とベクトルが逆に思える。そうなのだろうか?

本日も朝から熱中症アラートが鳴り続ける中、暑苦しく書いてみる。

では、いってみよう!

 

画像:洗濯関連ストック、最近毎日洗濯ばさみが壊れる、恐るべし太陽光線、納戸にてスタンバイ

 

「使い切る」には

 

モノって勝手には入ってこないわけで。

そこに住まうヒト(達)が持ち込むから、存在する。

ポストに無造作に放り込まれるDMやチラシ類、

自分に不要なモノを押し付けてくるヒト、

どう考えてもいらない粗品

自分の意思とはお構いなしな場合は対策が必要。

 

ポストには失礼にならない程度のお断り文をテプラで作って貼った。元を断たねばならないので、送り主への「受取拒否」も。

自分が持ち込んだモノで手がいっぱいなのに、他人様のモノまで引き受けられない。「モノを減らしていっているので…」とかなんとかやんわりお断り。

「素敵なおさがり」は喜んでゆずり受けることも、たまにはある。

「片づけられない」とお悩みのヒト、やたら他人様のモノをもらっている場合が多い。いつもいつも「あのヒトにあげよう」って思われるのはいかがなものか。有効活用できればいいが、「他人様の捨てる」を引き受けているのだと自覚した方がいい。

粗品」はもう魅力(自分にとって)がない限り、いただかない。割りばしやプラ製のカトラリーなどもいただかない。

 

「使い切る」には「持ち込む前に考える」

入場制限か、水際対策か、そんな感じ。

 

 

「使い切る」しやすい&しにくい

 

「時間」が影響していると思う。使い切るまでの時間。

食品や日用品などは、「しやすい」

衣類や雑貨などは、「しにくい」

食品は賞味期限や消費期限があって、使い切りやすい。それなのに期限切れをおこして「あ~あ、残念」って処分。それが「食品ロス」です!「ちりつも」です!目の前にあるのは「期限切れの食品」だけど、「お金」「時間」「労力」もロスっている。

物価の高騰はわが家にも直撃しているが、「わが家の食品ロス」を減らすだけで対抗できるような気がするし「わが家のSDGs」だと思う。

個人にできる「わが家の~」は大きな輪につながると思うのよ。

 

モノの整理において「多い」と悩むのは「衣類」「靴などの服飾雑貨」「道具」だろうか。これらは賞味期限も記載されておらず、数が多ければ使用頻度も少なく傷みにくい。結果として延々とあり続ける。

「買った時に高かった」「まだ使える」「いつか使う」は整理収納界隈では「NGワード」だ。聞き飽きている。

「すぐ処分しろ」(処分にはいろいろ、売る・もらっていただく・寄付・リサイクル・捨てる)とは言わない。思い悩む時間があってもいい。そのうち「先送りしていただけだな」と気がつく。その頃には「整理のベテラン」になっているはず。

 

「使い切る」がしやすいモノも、使い切れないことがある。

「使い切る」がしにくいモノは、使い切るが難しい。

どちらも自分自身・一緒に住まうヒトが「使い切る時間」を把握して、維持管理と整理収納のしやすさ(”元に戻す”が簡単であるのが一番だと思う)から「わが家の適量が見えるんじゃないかな。

 

 

「加齢と共にモノを減らす」が目標な私の「備える」

 

納戸に詰め込まれた漫画、資料と称したインテリア本、いつか集めた雑貨類、自室からはみ出た衣類。

気がつけば全部処分。売ったり、捨てたり。

今、その空いた場所に何があるかというと「ストック」だ。

 

私が「お宝」だと思っていたモノがなくなって、洗剤やらトイレットペーパーなどの日用品が収まっているのを見ると「なんだかなぁ~」と思ったことも正直ある。

でも「なんぞの時」に必要なのは「処分を先送りしただけのモノ」ではなく、「すぐに出番が来る必要なモノ」だ。

 

家族構成や暮らし方、買物の利便性など「事情」により違う「備える」

「なんぞの時」は災害だけではなく、病気やケガ、家庭内での突発的な出来事などもある。

災害も経験したし、介護と呼ぶほどではないが亡父の闘病生活もあった。片づけや掃除など放っておかねばならない事態も。姪や甥の誕生は近居なわが家にも変化をもたらした。

暮らしはその時々で変化する。

 

「自ら買物に出向く」というパワーが少なめなわが家では個配頼み。普段使いのモノは食品から日用品まで「生協さん」はおにいちゃん、ちょっといいモノはデパート系の個配のおじいちゃんが「わが家の暮らし」を支えてくれている。玄関先まで持ってきてくれる、ありがたさ。

「個配」は買物計画が立てやすいと感じる。

買うつもりのなかったモノを買う「ついでに」や、あることを忘れて買う「うっかり」もない。ただ「買い忘れ」ということがあるため、「ストック」は必要。

 

過剰なストックは「場所」をとる。使い切る「時間」の延長で、「お金」を寝かせているのではないか、とも感じる。「わが家の新古品」はいらない。

使い切る前に合わなくなったり、飽きたりしたら「不良ストック」になる。(「不良」が正しい表現なのか知らんけど)

そんなこんな「使い切る」を想いながら「備える」を考えている。

まだまだ結論は出ないけど。

 

(ま)

 

 

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まなみ

本当に暑苦しい記事に。コギレイ堂、この談義はいつまでもできます!皆様はどうなさっているのかなぁ~