
1日目1つ、2日目2つ、10日目で10個という具合に「何か」を「整理」していく。
10日間で55個のモノを「処分」したことになる。
昨年末から予測に反して継続中。(えらいぞ、私)
そんなことをしていると、「整理」「処分」について、マイ目標である「加齢と共にモノを減らす」をまた考えている。
減らしたヒト、そうでないヒトの実例も知人から垣間見える。
そんなこんなの長く、めんどくさい話になりそうな予感。
では、いってみよう!
画像:本文とは無関係の美味しいモノ、期間限定、本日分完売だったり入荷なしだったりで予約購入、また来年食べたい
「55捨て」で考える「整理」
もう何度も書いていて「その話、知ってるで」という方がいらしたら、ありがたい。
「整理」はモノを分類するだけでなく、要不要を決断し手放すことも含まれると思っている。つまりは「処分」
この「処分」なしに、ただただモノを分けて、あるモノ全部を収める。若かりし日の私はこのタイプで、収納グッズも多用した。
「あんた、それもモノやで」過去の私に言ってあげたい。
「私は収納名人」と勘違いもはなはだしかった。
「整理」の肝(?)は「処分」だ。今なら断言できる。
要るモノ・要らないモノ、好きなモノ・どうでもいいモノ、思い入れのあるモノ・思い入れのかけらもないモノ、ごちゃ混ぜで「分類」したって「ご苦労さん」なだけ。
「55捨て」で考える「処分」
タイトルは「55捨て」としている。私の「処分」がほぼ「捨て」だから。
「処分」にはどなたか知っているヒトに「もらっていただく」、知らないヒトに「寄付する」「売る」があって、「リサイクル」という「捨て」よりの罪悪感が少ないもの、そして「捨てる」がある。
「捨て」には少々の罪悪感があるのは私だけ?多くのヒトがそうじゃないかな。
「まだ使えるのに」「いつか使うかも」といった「まだ・いつか」のイイワケと「買った時に高価だった」というケチくささが「処分がない頃の私」にはあった。
「まだ」と言っている時点で「もう使う気がない」って感じがするし、「いつか」ってのも「いつやねん!」って心の声がツッコミを入れるし、買った時に高価でも今売ってみたところでいくらにもならないという経験をしてみれば「その時の私は満足していた」でいいんじゃないか。まぁ、まだ抱え込んでいるモノもあるし、姪が使ってくれないかなぁと目ろんでいるモノもあるからえらそうなことは言えないけど。
罪悪感の少なそうな「処分」から試みた。
自分が手放そうとするモノを、知人の中で好きそうなヒトがいないかと思案した。
うまく「モノのバトンタッチ」ができることもあったが、「要らなくなったら遠慮なく処分してね」と言い添えた。「ヒトからもらったモノ」もまた「手放しにくいモノ」だと知っているから。だから「あげる」なんて上からな言葉ではなく「もらっていただく」と考えるようにしている。罪悪感が少なそうに見えて、違う心配や不安をもたらす「処分」だと気づいた。
私自身は使い切ることができなかったけど、どなたがが使ってくれたらいいなぁと思うことは多い。それが換金できたらラッキーだと考えて「売る」を頑張った時期もある。
「自分が思うほど価値はない」と査定額にガッカリするを通り越して、笑うしかないなんてこともあった。ニンマリしたのは使わなくなった貴金属、特に金製品くらいだ。
「売る」にかける手間暇がめんどくさいと感じるので、寄付型のリサイクルショップを利用する他は「捨て」(リサイクルを含む)が今の私の「処分」だ。
「処分」いろいろあるけど、「マイ処分」(方法)も決めたら楽になった。
「55捨て」で考える「加齢と共にモノを減らす」
母が86歳になった。足が痛い以外はすこぶる元気。頭の方も全然さびちゃいない。
お元気そうに見えた母の仲良しさんが急に入院することになった。実はこの方、片づけが苦手でお家の中がえらいことになっているらしかった。まぁまぁ広めの3LDKにご夫婦でお住まいだが、「リビングで寝ている」と言うからその他の場所の状態が想像できる。もう何年も「手伝うで~~~」と言ってみたところで、一向にご本人が「うん」と言わなかった。
この度の入院。「どうしてるのだろう?」心配は尽きない。少々遠方で、外出が難しい母はもどかしそうだ。「やっぱり、一緒に片づけておけばよかった…」後悔も。
「みんなが元気な時にワイワイやったらよかったよね」私も戦力に含まれていて、なんならキャプテンくらいだ。気心の知れた「おばちゃん」(もう私がおばちゃんなんだけど)とはいえ、強引なことは言えなかったなぁ。
「加齢と共にモノを減らす」は、「終活」ではない。
そもそも「終活」という言葉が「終わりに向けての活動」って感じがしてモヤモヤする。「自分の終わりに誰かに迷惑をかけないように」とも聞こえるからかな。
「誰か」じゃなくて「自分が」ということなんだけどなぁ。
「自分が困らないように」「自分が安心・安全でいられるように」って。
そういう話も「おばちゃん」にしたことがあるけれど、届かなかった。
加齢と共に衰えていくだろう、気力・体力・記憶力。
モノが減れば空間が生まれ、それにまつわる維持管理や家事の手間も省けていく。また分かりやすく整理された住まいなら、「誰か」に手助けもしてもらいやすい。
明日の私、未来の私への準備。
大方の目処を50代でつけたいと考える私の「10日で55捨て」
(ま)
だんだん勢いがなくなりつつ。パソコンの中も片づけてみてます。
(く)さん*「少し気になる程度」なら、まだもう少し様子見をされては?白髪染めの沼にはまるのは大変です。頑張りますね!