日々、整える

50代*これからの暮らしのレシピ by.コギレイ堂

わたしの部屋

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今週のお題「わたしの部屋」

 

住まいのことばかり書いているのだから、いっとかないと。

でも、すぐには書けずにいた。

最近の「わたしの部屋」は「わたしの」ではないこともある。

若かりし日より「こだわり」というか「執着」みたいなものがなくなってきている。

今の私は「わたしの部屋」をどう考えているのだろう。

では、いってみよう!

 

画像:わたしの部屋、いろいろ、時期もいろいろ

 

 

1.「わたしの部屋」子供時代

 

「子供時代」ティーンまでといたしましょう。

10代向けのインテリア雑誌が創刊され、毎号楽しみにしていた。それまでは主婦向けのモノしかなく、母のママ友から毎号借りて読む小学生だったので、それはそれはうれしかった。「いつか、載るで!」と決意する中学生の頃。

 

高校生になった春、今住んでいるところに転居。

「玄関入ったら、小さくていいから個室が3個!」母の家探しはだいたいの地域とこの要望のみ。新築マンションのモデルルームに出かけては営業の方に言っていたらしい。

ある日の夕方、「奥さんのおっしゃるとおりのマンションができます!」と来訪者。あれよあれよと言いたいが、なんじゃかんじゃありつつ母は3人の味方(子供達、私と弟達だけど)をしたがえて初志貫徹!

 

抵抗勢力(父だけど、1人だけど)は勝手に入居前の家に家具屋さんやらカーテン屋さんやらを連れて楽しげ。気がつけば「小学生か!?」な花柄の照明器具が私の部屋に付いていた。15歳の私が発狂するのは言うまでもない。父への「無言の刑」(しゃべらない)は何ヶ月も続いた。母も欲しかったサイズの家具より小さいモノを買われて(後にその方がよかったと悟る)同じく涙にくれた。中学生だった上弟の「家はお母さんの好きなん買えたからええやんか。中のモノはお父さんの好きにさしたり。」言葉にしぶしぶ。誰が大人で、誰がお父さんなんだかな背景話。

 

上弟の株が上がったようなところで落としてやる。「俺は長男だから!」とのたまう。私が長女で姉だ、第一子だ。わが家は「男女平等」どころか「女子優遇」だ。(変わった家かも)年子な上弟とはケンカばかりだった。

クローゼットのある一番広い部屋(小さなベランダもある)を上弟が要求。はてしもないケンカがくり広げられてしばらく、母がささやく。「この部屋にしたら、家具を全部新しく買ってあげる」「ほな、ええわ」収納のない4畳半が「わたしの部屋」となる。

かくして自分で選んだ新しい家具に囲まれた「わたしの部屋」、念願のインテリア雑誌に掲載。

 

 

2.「わたしの部屋」お年頃時代

 

「お年頃」って何歳まで?

子供時代ほどの「こだわり」がなくなる。他に楽しいこと、興味深いことがたくさんあって、自分のモノがある「ただ寝る部屋」になりはてる。それでもファッション雑誌よりインテリア雑誌に興味があるのは変わりなかった。

入居したての真っ白な壁はやがてくすんでいき、内装のリフォームをすることになる。年齢に似合った内装になると家具が合わず、買い替え。「わたしの部屋」も「お年頃」になった。

 

このリフォームがきっかけで再び「住まい」に関心が戻っていく。「これから、本当にしたいことって何?」心の声。家族の理解を得て、会社を辞めインテリアスクールへ。

10代の「わたしの部屋」が載った雑誌は今もある。そこに「インテリアコーディネーター」という仕事を子供向けに分かりやすく特集されている。「ネタか?」なほど今へと導かれるような話。

 

 

3.「わたしの部屋」現在

 

インテリアを学んで、住まいに関連する資格をいくつか取得する中でスタイルに関する「こだわり」は消滅していった。時代や歴史だけでなく、技術の進歩や宗教的な背景もあると知るとなんだかどれも「素晴らしい」と思えた。「何でもありだな」と今は思っている。

 

「わたしの部屋」は「わが家の一角」

私は「おうちDNA」があると考えている。家具選びや部屋の整え方(片づけや掃除など)、育った家が影響を与えるんじゃないかと。友人達の家が家具や家電が今のモノであっても、彼女達の実家とよく似ていると感じるから。

 

私の家のインテリアが「好きか?」と問われたら、「好き」とは言えない気がする。ただ「落ち着く」とは思っている。子供時代は「なんだかなぁ」と思っていたはずなのに。

 

今の「わたしの部屋」は「長男」をふりかざした「上弟の部屋」を吸収した。4畳半から10畳超え。もう38年モノになった父の選んだ家具も集結。「お年頃時代」から使い続ける私の家具ともマッチして、違和感がない。チビーズ(甥姪4人)が誕生してリビングにあったおもちゃ箱(本来はリネンボックス)も役目を終えて、「わたしの部屋」にある。この部屋を造る時、「内装もいい感じに古びていくといいな」と考えた。最後まで「わたしの部屋」の壁紙が決まらなかった。工期的にもうそろそろという頃に選んだのは大柄のモノ。家具と広さに負けないだろうとふんだ。職人さん達もビックリな部屋が完成して、家具を運び込んで「あぁ~」納得な皆さん。「家具が収まっての完成形はあなたの頭の中でしかわからない」と。作り手の「ええ仕事」があっての「わたしの部屋」

部屋の中にあるモノも、部屋自体も「わたしの」と言うにはおこがましい。そんな風にも考えるようになった。

 

 

4.まとめ

まとまっただろうか。

「上弟の部屋を乗っ取った感」があったけれど、上弟一家が帰省する際はこの部屋に泊まる。「貸したるわ!」だ。一番幼い甥がインテリアに興味があるようで「ばぁばとまぁちゃん(私だけど)のおうちはなんだかいいよね」と言ったり、内装について質問をしてきたりする。「おうちDNA」は脈々と。

 

「わたしの部屋」もはや「歴史」だな。これから先は、減らしていく段階(「加齢とともにモノを減らす」がマイテーマ)なんだけど、ヒト(私だけど)も同じように「ええ感じで古びていきたい」と思う。

 

(ま)

 

 

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まなみ

このお題は書かないとね!読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

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