日々、整える

50代*これからの暮らしのレシピ by.コギレイ堂

住まいスッキリ!アイデア*今昔

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ずっと「住まいについて」書いている。

なんなら、そんな文章しか書けないのではないかと思う。

2006年に書いた「住まいスッキリ!アイデア

30代と50代の考える「スッキリ!」は変わったのだろうか。

だいたい「アイデア」なんてあるのか。

「心意気」ならあると思うんだけど。

では、いってみよう!

 

画像:本文とは無関係、昨日の画像の食器と「お揃いっぽい」と購入、波佐見焼、スタッキングできる

 

 

 

1.「住まいスッキリ!アイデア」の背景

 

当時の雑誌で募集していたようだ。当時、既に5年くらいこんなことばかり書いていたようで「そんなもん、このブログ全部をお届けしたい」と書いている。

字数制限はわからないけど、そうそう簡単に伝えきれるものではないと今でも思う。

 

 

2.30代の私が考えていた「住まいスッキリ!アイデア

 

モノの量「器」に合っていること。そこに住まう人が何があるのかを把握していること。大きい家で蔵もあるなら「ナンボでもどーぞ」と言いたいが、あることすら忘れているならそこにしまわれたモノになんと気の毒な…。

「“器”からはみ出ない,自分の頭の中からもはみ出ない量」がベストだと思う。

注*「器」は「家」「部屋」のこと

 


収納の仕方「あるべき場所」にみょ~な工夫をしなくても収まっていること。重い物は下,軽い物は上など使用頻度や安全面も考えること。

水周りでダンボール箱を使って収納なんて,ゴキブリちゃんを呼んでいる。

¥100ショップやホームセンターに走って道具を買って収納,これってどうよ?

必要な場所に収納されていれば,そこに住まう人みんなに分かりやすい。モノのありかを一家の主婦しか知らないなんて困りもの。

 


整理の仕方分類することは当然。ただ分類して終わりではなく,所有量の見直しや処分も。

「筆記用具」として分類しても,使おうとしたらインクのないボールペンなど、もう使えないモノを無駄に分類している場合も多い。 

「えいやっ!」と年末の大掃除などの季節になってまとめて整理なんて疲れる。テレビを観ながら引き出し1つとか,気負わない「チョコチョコ整理」が1番。

整理は「一度やっておしまい」なんかじゃない

 


掃除の仕方楽にできること。「掃除」はむなしい。やってもやっても,終わりがない。おまけにメンドウだ。なるべく簡単にすませたい。

そうするためには,モノをやたら置かないこと。

下駄箱やサイドボードの上に飾っているつもりだろうが,他人には置いているようにしか見えないモノは撤去。どこも置き過ぎは禁物。床に直置き、テーブル上に食事とは関係ないモノがてんこもりも。

さっと拭けたり,掃けること。何かをどけて何かをするなんて,なんとメンドウで動きも時間も無駄なこと。

 

心意気『使い切る』

昨今の「もったいない」ブーム。注:2006年当時

せっかくの家にモノばかりで「もったいない」

家がゴチャゴチャで気持ちがイライラして自分の心が「もったいない」

モノを探す時間が「もったいない」

あるモノを探し出せずにまた購入するお金が「もったいない」

あ~,たくさんの「もったいない」

 

住まいがスッキリしていないということは,いろんなことが「もったいない」のです。みょ~な工夫の住まいのススメの後は,やたら「捨てろ」というTVや雑誌。

自分で選び,お金まで払ったモノはむやみに捨てるものじゃない。きちんと最後まで使い切って,正しく捨てる。

それでいい。

 

●まとめ…いろんなことを書きましたが,最も重要なのは心意気

「衣食住」,住まいは最後にくる。でも1番その人の生き方や人柄をあらわしているものだと思う。

『“使い切る女”を目指し,必用なモノ少々・好きなモノ少々・思い出のモノ少々を持つ』思うだけで結構住まいの中は変わっていきますよ♪

(2006.5.2 まなみ)

 

 

3.50代の「住まいスッキリ!アイデア

結論から書いてしまう。概ね「変わりなし」

原文のままとしたので「てにをは」が気になったり、若さのせいなのか「遠慮がち」にも感じたりはする。「いいね!」と思ったところは太字にしてみた。(自分で!?)

 

何か「補足」しようと思っていたのだけど、思いつかない。「心意気」は既にバンバン登場しているが「モノ減らし」についてはあまり書かれていない。この時は「加齢すること」がまだまだ想像も経験もしていなかったのだと思う。唯一「自分の頭の中からもはみ出ない量」とあって「記憶力の衰え」はぼんやり考えていたよう。

「加齢とともにモノを減らす」50代の私の補足。

 

 

4.まとめ

「十年一昔」って言うけれど、今の感覚で「一昔」はもっと短いんじゃないかと思う。それが16年前って。

 

「加齢」って言葉、好ましいとは思っていない。でも「年を重ねる」などと詩的に表現したところで「年をとる」ってことに違いはなく、それならば潔く「加齢」と言ってしまえと「加齢」「加齢」と書いています。ごまかしているとかではなくて、自分の年齢がすぐに思い出せなくなってきた。同級生がいつのまにか1歳上になっていて、1年間友人は自分の年齢を間違えていたということもあった。わりと「あるある」なことみたい。年齢はもう「背番号」くらいで。「若作り」はイタイけど「若々しい」は目指すところ。ヒョウ柄は着ないけど立派な「大阪のおばちゃん」にもなりたい。(なれたか!?)

 

「住まいスッキリ!アイデア今も昔も、「心意気」かな。

簡単にまとめきれず、延々と書いています。書いていきます。

今若いヒトが「加齢とともにモノを減らす」を実行しなくちゃと気負わなくてもいい。

「あら?文字が読みづらいかしら」

「あら?頭に白いモノがちらほら」

「あら?腕が上がらないわ」

と「老眼」「白髪」「四十肩」が近づいてきて、「あら?」となったらスタートしてください。

 

 

(ま)

 

 

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まなみ

イデアはまた見つけられなかった。読んでいただき、ありがとうございました。