日々、整える

50代*これからの暮らしのレシピ by.コギレイ堂

モノ選びの「どうせ」&「どうせなら」

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言ってやしないだろうか。

「どうせ」「どうせなら」

似ているようで大違いな2つの言葉。

その違いと他にもそんな言葉がないかと考える。

モノ選びに無意識に出る言葉、要注意かも!?

では、いってみよう!

 

*画像:秋に買ったおもしろい観葉植物がモリモリ育っています。ガジュマルという名前だそう。

 

 

1.モノ選びの「どうせ」

 

あまり芳しくない言葉だと思われます。どこか後ろ向き。

モノ選びの際に発するとしたら、「どうせ、また買い替えるんだから」とか「どうせ、似たり寄ったりだから」とかって感じかな。

目の前にあるモノを「持つ」と決める瞬間に発する言葉で「これでいい」と続きそう。

「これ」でいいのか?「これ」が良いのでは?

 

 

2.モノ選びの「どうせなら」

 

「どうせ」の打ち消しだな。「なら」が後ろにくっつくだけで、励まし感修正感がする。「どんな感やねん」だけど、「これ」を「これ」にしてくれる感じ。

前向き、前向き。ささやかなモノを選ぶ時も、こちらを言いたい。

 

 

3.「どうせなら」のススメ【家具について】

 

ファッションだけでなく、家具も安価なモノがあふれる時代。短期間の一人暮らしとか、間に合わせにはいいのかもしれない。でも、「家具の間に合わせ」ってどうなのと「おうちオタク」が高じて「住まいのヒト」になった私としては強く思ってしまう。

一人暮らしでもこじんまりとした長く使えそうなモノを選んでいいのでは?

暮らしながら揃えていってもいいのでは?

適当に選んだら、安易に捨てないか?

家具は意外に長く使う。「どうせ」と間に合わせで選んだモノが脈々とあり続ける。「これでいいわ」が延々と。ならば「どうせなら」気に入ったモノ、長く使えそうなモノを少し背伸びをして選んでもいいんじゃないかと思う。5年後、10年後、20年後、それ以降の自分に向けて。その方がエコってもんよ、SDGsよ。

 

 

4.「どうせなら」はモノ選びの心意気

 

人生100年時代に突入。折り返し地点を曲がったところ。でも本当に折り返したところなのかは分からない。パンデミックを経験するなんて想像もできなかったのだから。これからの「モノ選び」今までよりも気をつけていきたい。

 

若かりし日は「見るモノ何でも欲しい」くらいでありました。青春時代がバブル期というせいもあった。年齢にそぐわない、ブランド品や遊び方。いいとか悪いじゃなくて、その経験が今のモノ選びにつながっていると思う。

「どうせなら、好きなモノ」

「どうせなら、ちょっといいモノ」

「どうせなら、素敵なヒトや会社が作ったモノ」

「どうせなら」はモノ自体だけではなく、その背景やエピソードも求める言葉に聞こえる。安易なモノ選びは卒業して、モノを選ぶ側の心意気を持ちたい。

 

できているだろうか>私。モノを選ぶ目、育っているだろうか。50代になってもまだ自信は持てないけれど、「なかなか買えない」という風になっているのは自分で厄介だと感じたり、それでいいのだぁ(バカボンのパパ風でお願いします)とも思ったり。まだまだアオイけれど、持ち続けていきたい心意気の一つ。

 

 

5.「モノの整理」の際にいってしまいがちな言葉:「いつか」

 

「いつか」でしょう。(チャンピオン?第一位?)

「いつか使うかも」と続くわけです。もうこれには「それは近いいつかでしょうか?それともずーーーーーっと先のいつかでしょうか?」と問いたい。

「…わかりません」が返答なら、そのモノは手放してもいい、いや手放した方がいい。不確かな「いつか」はイイワケワードにすぎない。

 

もう使わない・使う予定がなくても持ちたいモノがある。それは「好き」であったり、思い入れがあったりするモノ。そういうモノには「いつか」は出てこないはず。「持つ」に迷いがないから。だいたいモノ選びを「使う」「使わない」だけで判断するのもどうかと思うけれど、「いつか」が出た時点で「整理の先送り」だと思う。

 

 

6.「モノの整理」の際にいってしまいがちな言葉:「まだ」

 

「まだ」も多い。

「まだ使う」「使いたい意志」が感じられ、「おぉ、気に入っているのね?どうぞ使い切って!」と応援の心の声。しかし、これが縁のかけたお皿とかだったらどうよな話。金継ぎするのか?他にもたくさんあるのに、ただ捨てたくないと意固地になっている場合もあるので見極めが必要。(こういうこと、年長者に多い気がします。どうぞ寄り添ってね。)

 

「まだ使える」もある。こちらはヒト側の「使おう」という意志があまり感じ取れない。そのモノがどうかという状態を表しているだけ。モノに責任転嫁?「モノとしてはまだ使えますが、私が使うかどうかはわかりません」な感じ。そうだとしたら「放置」につながりそうな予感がする言葉。(「使おう」の意志があるモノは「良し」です。)

 

 

7.まとめ

 

モノは勝手にやって来ない。自ら選んでいるはず。ならば後ろ向きワードは聞こえない方がいいと思います。

後半は「モノの整理の際」としましたがこちらもある種の「モノ選び」だと考えます。「整理」は暮らしの中で、そのモノを持ち続けるかどうか選ぶことだから。

「どうせ」と言いながらモノを迎え入れることも、「いつか」「まだ」と固執することも残念な気がします。モノ選びだけじゃなく、他のことまでそうなってしまいそうで。

「どうせ」より「どうせなら」

モノ選びを「軌道修正してくれる言葉」じゃないかな。

 

 

(ま)

 

 

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まなみ

「安易に買って、捨てる」はいただけないと思っています。モノを選ぶ段階で考えたら「捨てる」を減らせるんじゃないかとも。読んでいただき、ありがとうございました。