朝から探しもの。
「何でも捨てちゃうからなぁ」なんて
いつも家族から言われている私ですが、
大事なものはちゃんと残している。はず。
しかし、収納していたはずの場所に見当たらず。
おかしいな、うっかり何かに紛れて処分してしまったのか。
少しドキドキしてくる。小さいものだから。
確かここにある、という場所にないと焦ります。
そういえば、リフォームした時に場所を移したんだった…記憶をたどると、
ありました。
探しものは、娘のへその緒 でした。
出産した病院が用意してくれた桐の小さな箱に入っています。
鏡台として使っているキャビネットの一番下の引き出しの奥のほうの、
ご丁寧にもさらにペコちゃんの赤い缶の中にしまっていました。
なぜ突然へその緒を確認したくなったのかというと
「へその緒というものは、最後は母親の棺に入れるものだ」という
言い伝えなのかな…を、今朝、知ったからなのでした。
そうだったんだ。
知らなかった。
出産の記念品?くらいにしか考えたことなかったけれど、へその緒にはどんな意味があるのだろう。
気になって調べたら、へその緒を大事に持つ文化があるのは、日本とアジアの一部の国くらいだそうです。
海外で産まれた方は、当たり前ですがへその緒を持っていないということ。
保管の場所も様々で、母親が持っているはずという方もいるし、
結婚などで家を出る時に持たせてもらったという方もいるようです。
カビが生えてしまったので泣く泣く手放したという方も。
また、どうしたらいいかわからず、断捨離®してしまった、という方もいらっしゃいました。
…………………………
娘のへその緒を探している途中に、夫のへその緒を発見。
亡くなった義母の和箪笥に大切に保管されていました。
いつだったか、義母が
「ゆみさん、へその緒は子どもが重い病気を患った時に煎じて飲ませると、助けてくれるんだって昔の人は言ったみたいよ」
と教えてくれたことを思い出しました。
夫は小さい頃身体が弱く、よく高い熱を出してその度心配でたまらなかったと、聞きました。
幸い夫は元気に育ち、今に至ります。
義母にとってへその緒は、お守りみたいなものだったのかもしれません。
3年前、義母が亡くなったとき、一緒に入れてあげればよかった。
知らなかったことを悔やみ、少し泣きました。
「へその緒を持って旅立ったら、またあの世で子どもと会える」
単なる言い伝えだ迷信だと言われるとそれまでです。
普段の私ならそんなお伽話のようなことを、と感じたかもしれません。
でも、そんな言い伝えがあることを知ったら、母親の棺に自分のへその緒を入れてあげたいなと思う子はきっと多いだろう。
人は誰でもいつかは、この世からいなくなってしまいます。
後に残された者は、その人に関わるものを整理し、保管、あるいは処分しなければなりません。
その中にはどの様に扱ったらいいのか迷うようなものもあるでしょう。
へその緒に「処分」という言葉は全くもってふさわしくないのだけれど
つながっていた証を収めて最期に一緒に灰にしてもらう、
それはもしかしたらへその緒というものに関して一番いい処分の仕方なのかもしれない、と思いました。
私の棺には娘のへその緒を入れてもらえたらと願うし、
母親の棺には私たち姉弟3人分のへその緒を入れてあげたいなと思っています。
…………………………
娘の名前の書かれた桐の小さな箱を眺めていると、
産院から退院してしばらく経ったある時、沐浴中にぽろりとへその緒が取れたことを思い出します。
乾燥させて、この桐の箱に大切に収めたことも。
小さな命に必死に向き合い、一生懸命だった新米おかあさんだった頃のこと。
昨日、娘に、「へその緒見せたことあったかな?」と聞いてみましたが
「たぶんあったよ。なんだか気持ち悪かったような。」という返事。
私も、自分のへその緒がどんなだったかよく覚えていないのだから、
子にとってはそんなものなのかもしれませんね。
でも私は、退院したときに小さなあかちゃんの腕についていた
「○○ゆみベビー」と書かれたベルトですら
未だに大切に保管している。捨てられません。
さらりと綴ろうと思いましたが、
ちょっとしんみりしてしまった。
どうするべきか、という決まり事はないようです。
だから例え、「知らなかった、へその緒を手放してしまった」という方でも
気持ちはずっと繋がっているから
親と子の絆は切っても切れない永遠のものだから
大丈夫。
へその緒の話でした。
(ゆ)